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むかーし、むかし。

pure-to

本日のロングディスタンス賞はナント、愛知県一宮市よりご来店いただきましたお客様です。
3ヶ月ほど前よりお問い合わせをいただいておりましたが車両(昭和42年のトヨタ1600GT)の入庫が遅れてしまい本日のご来店となりました。
実はお客様に依頼され代理にて下見に来られた業者さん(社長さん)です。もうスグ創業40年の由緒ある会社です。そこから比較すれば新参モノの自分はまだまだひよっ子です。

店内の壁面に飾られたアメ車のスチールプレートを眺めて一言、「なつかしいなぁ・・・・。昔はアメ車屋から初めたんだよ。ある時期からはヤナセの代理店になってヨーロッパ車を中心に扱うようになったんだけど。」とおっしゃる社長は今年68歳。独立前の修行時代の話にまでさかのぼり、1960年(昭和35年)までは日本ではアメ車を新車にて購入することは不可能だったらしく、立川、横田等の米軍の駐留軍が使った最短で2年落ちのアメ車を買うことしか出来なかったそうです。
当時、その界隈にはジャボック(2年を経過したクルマのことを指す)の情報を持ったブローカー達(1台あたりの手数料3万6千円!)に一般の中古車販売業者がお目当てのクルマをリクエストをして探してもらうシステムだったらしくその価格設定はアメリカの新車価格とほぼ同じいうからオドロキです。そしてその価格に100パーセント関税プラス30パーセントの物品税が加わると言うからさらにオドロキ
例えによると1ドル360円当時フォードのフェアレーンを3000ドル(日本円で108万円)で買ったとします。そこに100パーセントの関税が加わりますから(日本円で216万円
さらに物品税30パーセントも加わり(280万円
そこに初めて業者の利益、20万円がプラスされ300万円のフェアレーンになると言うのです。
平均月給13.800円の時代、100万円のアメ車が300万円で売られていたとは・・・・。年間で5台もアメ車が売れれば、左うちわ状態だったそうです。とにもかくにもアメ車がもてはやされた時代だったらしく、ある時期から特殊?なお方達乗り始めアメ車のイメージが徐々に変わっていった頃にヨーロッパ車にシフトしたそうです。

その後も話は尽きず、夕食をご一緒しながら楽しいお話を聞かせていただきました。
短い時間ではありましたが、長く続ける秘訣を教えていただけたような気がします。